シャイフ・ムハンマド・アッ=タミーミー(アッラーのご慈悲がありますように)
- アッラーの慈悲があなたの上にありますように - 私たちは次の4つのことを学ぶ必要があります:
第一に、知識、すなわちアッラー、その預言者、そしてイスラームの教えについて、関連する論拠とともに知ることです。
第四に、その過程で受ける害に対して忍耐強くあること。
アッ=シャーフィイー(アッラーのご慈悲がありますように)は言いました: 「もしこの章が、アッラーが被造物に下された唯一の論拠であったとしても、彼らにとってはそれで十分であったであろう。」
そして、アル=ブハーリー(アッラーのご慈悲がありますように)は言いました: 「知識は言葉や行動に先立つ - その論拠として、至高なるアッラーは仰せられました:『ならば(預言者よ)、アッラーの外には(真に)崇拝されるべき何ものもないことを知り、自分の罪のお赦しを乞うのだ…』」[ムハンマド章:9節]このように、アッラーは言葉と行動の前に知識を得ることを求められました。
- アッラーの慈悲があなたの上にありますように - すべてのムスリムは、男性であれ女性であれ、次の三つのことを学び、それに基づいて行動しなければなりません:
第一に、アッラーは私たちを創造し、私たちに糧を与えてくださいました。アッラーは私たちを放置されることなく、むしろ私たちに使徒を遣わされました。使徒に従う者は楽園に入り、使徒に背く者は地獄に入るのです。
第三に、預言者とアッラーの唯一性を信じる者は、たとえ最も身近な親族であっても、アッラーとその使徒に敵対する者と親しく交わることは許されません。(※不信仰への愛情、ムスリムに対する敵対・害悪などゆえに、非ムスリムを盟友とすることは禁じられます。しかしムスリムたちへの害とならない限り、非ムスリムとよい形で付き合ったり、親戚づきあいなどをしたりして、個人的に親しい関係を結ぶことに問題はありません。[イブン・アーシュール3:217‐220参照])
- アッラーがあなたを正しく導かれ、かれへの従順を授けてくださいますように - 「ハニーフ」、すなわち純正なイブラーヒームの宗教とは、アッラーのみを崇拝し、真摯にアッラーへの信仰を捧げることです。これはアッラーがすべての人々に命じたことであり、かれはそのために人々を創造されました。至高なるアッラーは仰せられました: 「われがジンと人間を創造したのは、彼らがわれ(のみ)を崇拝するために外ならない。」 [撒き散らすもの章:56節] 「彼らがわれ(のみ)を崇拝する」の意味は、われ(アッラー)を唯一無二の存在とすることです。
アッラーが命じられた最も重要なことは、タウヒード、すなわち
アッラーをイバーダ(崇拝行為)において唯一化し、かれと共に何ものをも崇拝しないということです。
そして、アッラーが禁じられた最も重大な罪は、シルク、すなわち、アッラーと並べてかれ以外の何かを崇拝対象とすることです。
もし「すべての人々が知っておくべき『3つの基本原則』とは何ですか?」と尋ねられたら、こう答えてください:
「人は自らの主、自らの宗教、そして自らの預言者であるムハンマド(アッラーからの祝福と平安あれ)について知ることです。」
もしあなたが、「あなたの主は誰ですか?」と尋ねられたら、こう答えてください:
「私の主はアッラーです。アッラーはその御恵みによって、私と世界中のすべてを養われるお方です。アッラーこそは真に崇拝されるべきお方であり、私はアッラーの他に何ものをも崇拝しません。」その論拠として、至高なるアッラーは仰せられました: 「全創造物の主、アッラーに称賛あれ」 [開端章:2節] アッラー以外のすべてのものは被造物であり、そして私もその被造物の一人です。
そこで、もしあなたが「どのようにしてあなたの主を知りましたか?」と問われたら、こう答えてください:
かれの被造物には、七層の諸天とその中に存在するすべてのもの、七層の大地とその中に存在するすべてのもの、そしてそれらの間に存在するすべてのものがあります。
イブン・カスィール(アッラーのご慈悲がありますように)は言いました: 「これらのものの創造主こそ、唯一崇拝されるべきお方である。」
ハディース(預言者ムハンマド(アッラーからの祝福と平安あれ)の言行録)には、次のようにあります: 「ドゥアー(祈願)は崇拝行為の真髄である。」
「怖れ」について、至高なるアッラーは仰せられました: 「ならば彼らを怖れず、われを怖れよ。もし、あなた方が信仰者であるならば。」 [イムラ―ン家章:175節]
また「望み」について、至高なるアッラーは仰せられました: 「…それで自分の主との拝謁を望む者は、正しい行いに励み、自分の主の崇拝において、いかなるものも並べてはならない」 [洞窟章:110節]
「信頼」について、至高なるアッラーは仰せられました: 「…ならばアッラーにこそ、全てを委ねるのだ。もし、あなた方が信仰者であるというなら」 [食卓章:23節] さらに、至高なるアッラーは仰せられました: 「…アッラーに全てを委ねる者にとっては、かれ(アッラー)だけで十分…」 [離婚章:3節]
そして、「希求」、「畏敬の念」、「恭順」について、至高なるアッラーは仰せられました: 「…本当に彼らは善行に急ぎ、(われらの褒美を)望み(われらの罰を)怖れつつ、われらに祈っていたのであり、われらに対して恭順な者たちだったのだ。」 [預言者たち章:90節]
「畏れ」について、至高なるアッラーは仰せられました: 「...ならば彼らのことは恐れずに、われ(アッラー)のことを恐れるのだ...」 [食卓章:3節]
イスラームという宗教を知ること。それは、タウヒード(アッラーの唯一性に関する信仰)によってアッラーに服従し、従順にアッラーの命じられることに従い、シルクとシルクの徒から離れることです。
イスラームには3つの段階があります。それは、イスラーム、イーマーン、そしてイフサーンです。
イスラームの柱は5つです:信仰告白(アッラーの他に真に崇拝すべきものはなく、ムハンマドはその使徒であると証言すること)、サラー(礼拝)を行うこと、ザカー(喜捨)を支払うこと、ラマダーン月にサウム(斎戒)をすること、アッラーの館(カアバ殿)へのハッジ(大巡礼)を行うことです。
それはアッラーの他に真に崇拝すべきものはない、という意味です。
(アラビア語で)「ラー・イラーハ」とは、アッラー以外に崇拝されている全てのものを否定する、ということです。
そして「イッラッラー」とは、崇拝はアッラーのみに捧げられるべきものであることを断言するものです。
アッラーは、その王権において同位者がいないのと同様に、崇拝においても同位者はいません。
「ムハンマドはアッラーの使徒である」と証言することの意味は、彼の命令に従い、彼が伝えたことを信じ、彼が禁じ、警告したことを避け、そして彼が教えた通りにアッラーを崇拝することです。
「ハッジ(大巡礼)」について、至高なるアッラーは仰せられました: 「人々、つまりそこまでの道(を旅行すること)が可能な者には、その館へとハッジするというアッラーへの義務がある。そしてそれ(ハッジの義務性)を否定する者があっても、実にアッラーは全世界(のいかなるものへの必要)から、満ち足りたお方なのだ。」 [イムラーン家章:97節]
第二の段階であるイーマーンは、70数個の部門に分かれています。その中で最善のものが、「ラー・イラーハ・イッラッラーフ(アッラーの他に崇拝すべきいかなるものもなし)」という言葉であり、最も下位のものが道から有害なものを除去することです。そして羞恥心はイーマーンの一部門です。
イーマーンの柱は6つです:アッラーと、その天使たち、その諸啓典、その諸使徒、最後の日を信じることです。そして良いことであれ悪いことであれ定命を信じることです。
第三の段階であるイフサーン(柱の一つ)とは、あたかもアッラーが見ているかのように、アッラーを崇拝することです。なぜなら、たとえあなたにアッラーが見えていなくても、アッラーは確かにあなたをご覧になられるからです。
スンナからの論拠として、ジブリール(アッラーの平安がありますように)の有名なハディースがあります。ウマル(彼にアッラーのご満悦あれ)は言いました: 「私たちがある日アッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)と共にある時、純白の衣服をまとい、漆黒の髪の一人の男が私たちのもとに現れました。彼には旅の形跡はありませんでしたが、私たちの誰一人として彼を知る者はいませんでした。彼は預言者(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)のもとまでやって来ると、彼の両膝を両膝につき合わせるようにして座り、彼の両の手の平をその両腿の上に置きました。そして言いました:“ムハンマドよ、
するとアッラーの使徒(彼にアッラーからの祝福と平安あれ)は言いました:“イスラームは、『ラー・イラーハ・イッラッラー、ムハンマドゥッラスールッラー (アッラーの他に真に崇拝すべきものはなく、ムハンマドはその使徒である)』と証言し、 サラー (礼拝)し、ザカー (浄財)を施し、ラマダーン月に サウム (斎戒、いわゆる断食)し、それが可能であるならばカアバ殿を目指して ハッジ (大巡礼)を行うことです。”(男は)言いました:“その通り。”―私たちは自分で尋ねておきながら、答えを承認するその男に驚きました―
(男は続けて質問して)言った:”それでは、イーマーンについて、教えてくれ。”
(アッラーの使徒は)言った:”アッラーと、その天使たち、その諸啓典、その諸使徒、最後の日を信じることです。そして良いことであれ悪いことであれ定命を信じることです。”(男は)言った:”その通り。”
(男は続けて)言った:”それでは、イフサーンについてお教えくれ。”
(男はまた)言った:”それでは、審判の日について教えてくれ。”
(男はまた)言った:”それではその諸々の予兆について教えてくれ。”
(アッラーの使徒は)言った:”あなたは(その諸々の予兆として)奴隷女がその主人を産むのを見るでしょう。また裸足で裸の貧しい羊飼いたちが、競って高い建築物を建て合うのを見るでしょう。”
それから(男は)去って行った。私(ウマル) は暫くそのまま留まっていたが、すると(アッラーの使徒は)私にこう言った:“ウマルよ、あの質問者が誰だか分かるか?”私は言った:“アッラーとその使徒がよくご存知です。”(アッラーの使徒は)言った:“彼はジブリールだ。あなた方の宗教を教えるために、あなた方のもとへやって来たのである。”」
預言者ムハンマド(アッラーからの祝福と平安あれ)について:彼はイブラーヒームの息子イスマーイール(彼らに平安あれ)の子孫である、アラブ人の子孫です。そしてアラブ人の子孫であるクライシュ族の出身ハーシム、ハーシムの息子アブドゥルムッタリブ、アブドゥルムッタリブの息子アブドゥッラー、アブドゥッラーの息子が、預言者ムハンマド(アッラーからの祝福と平安あれ)です。
その生涯は63年間であり、そのうちの40年間は預言者として遣わされる以前で、23年間は預言者、使徒としてのものでした。
彼(アッラーからの祝福と平安あれ)の預言者としての使命は、次の啓示:「(預言者よ、)創造をされた、あなたの主の御名において(、啓示されたクルアーンを)読め。」[凝血章:1節]によって始まり、[衣を纏う者章]をもって使徒として遣わされました。その故郷はマッカです。
彼(アッラーからの祝福と平安あれ)は、10年間にわたりタウヒード(アッラーの唯一性に関する信仰)へと呼びかけました。その後天界へと昇天させられ、そこで五回の礼拝が義務付けられたのです。そしてマッカでの礼拝を3年間した後、マディーナへの移住を命じられました。
ヒジュラ(移住)とは:多神教の土地からイスラームの土地へ移住することです。
このウンマ(イスラーム共同体)にとって多神教の土地からイスラームの土地へと移住するヒジュラは、(一定の条件のもと可能な場合の)義務であり、それは最後の時が訪れるまで存続するものです。
アル=バガウィー(彼にアッラーの慈悲あれ)は言いました: 「この節は、マッカに留まり移住しなかったムスリムたちに関連して啓示されたものです。アッラーは彼らを『信仰するわが僕たちよ』と呼びました。」
スンナにおけるヒジュラの論拠として、預言者(アッラーからの祝福と平安あれ)は言いました: 「悔悟が途絶えるまではヒジュラは途絶えることがなく、太陽が西から昇るまでは悔悟が途絶えることはない。」
そしてマディーナに定住した後、彼(アッラーからの祝福と平安あれ)は、ザカート(喜捨)、サウム(斎戒)、ハッジ(巡礼)、アザーン、ジハード、善を勧め悪を禁じること、といったイスラームの残りの諸規定を命じられました。そして、そのすべてを実践・確立するのに10年を要しました。
彼(アッラーからの祝福と平安あれ)はアッラーの御許に召されましたが、その教えは不変です。ウンマにとって善きことは全てお示しになり、悪しきことは全て警告されたのです。
彼(アッラーからの祝福と平安あれ)が導いた善とは、タウヒード(アッラーに関する唯一性の信仰)と、アッラーが愛されご満悦されるすべてのことです。
そして、警告された悪とは、シルク、そしてアッラーが嫌悪され、拒まれたすべてのことです。
またアッラーは、彼(アッラーからの祝福と平安あれ)を通して教えを完成されました。至高なるアッラーは仰せられました: 「…この日われはあなた方のために、あなた方の宗教を完成させ、あなた方へのわが恩恵を全うし、イスラームがあなた方への宗教であることに満足した…」 [食卓章:3節]
復活の後、彼らは清算され、その行いに応じて報いられます。その論拠として、至高なるアッラーは仰せられました: 「…かくして、かれは悪い行いだった者たちを彼らが行ったものによって報われ、善を尽くした者たちを最善のもの(天国)で報われる。」 [星章:31節]
最初の使徒は、ヌーフ(ノア)(彼に平安あれ)です。
アッラーは全ての人々に、ターグート(※アッラーを差し置いて崇拝されたり、服従されたりする全ての対象のこと)を否定しアッラーのみを信仰するよう命じられました。
イブン・アル=カイイム(アッラーのご慈悲がありますように)は言いました: 「ターグートの意味とは、しもべ(人間)が(アッラーに対する)本分を逸脱し、崇拝、追従、あるいは服従の対象としてしまう、アッラー以外の全ての対象のことである。」
ターグートは数多くありますが、その中でも主なものは5つあります。シャイターン(アッラーが彼を呪われますように)、崇拝されることに満足する者、他人に自分を崇拝するよう呼びかける者、見えないものの知識を主張する者、そしてアッラーが啓示したもの以外のものに基づいて裁く者です。