私たちは、口に出すのもはばかられるようなことを、自分自身の内に見出すことがあるのです。」彼は言った:「そのようなものを見出したのか?」彼らは言った:「はい。」彼は言った:「それが明晰なる信仰なのだ。」
アブー・フライラ(アッラーのご満悦あれ)は言った:
預言者(アッラーからの祝福と平安あれ)の教友たちからなる人々がやって来て、彼にこう尋ねた:「私たちは、口に出すのもはばかられるようなことを、自分自身の内に見出すことがあるのです。」彼は言った:「そのようなものを見出したのか?」彼らは言った:「はい。」彼は言った:「それが明晰なる信仰なのだ。」
جَاءَ نَاسٌ مِنْ أَصْحَابِ النَّبِيِّ صَلَّى اللهُ عَلَيْهِ وَسَلَّمَ، فَسَأَلُوهُ: إِنَّا نَجِدُ فِي أَنْفُسِنَا مَا يَتَعَاظَمُ أَحَدُنَا أَنْ يَتَكَلَّمَ بِهِ، قَالَ: «وَقَدْ وَجَدْتُمُوهُ؟» قَالُوا: نَعَمْ، قَالَ: «ذَاكَ صَرِيحُ الْإِيمَانِ».
預言者(アッラーからの祝福と平安あれ)の教友の一団がやって来て、彼にこういったことについて尋ねた:彼らは、その醜悪さ、嫌悪感から、口に出すのもはばかられるような罪深いことを、彼ら自身の内に見出すことがあるのだと。 それで預言者(アッラーからの祝福と平安あれ)は、言った:「あなた方が見出したものこそは、明晰なる信仰と確信である。それこそが、シャイターンが心の中に投げ入れる物事を拒ませ、そのようなことを口にすることから禁じ、自分自身の内において甚だしい物事と見なさせるのである。シャイターンはあなた方の心を制圧できなかったのであり、むしろそのようなことを押し戻すことが出来なかった者こそがシャイターンに制圧された者なのである。」
...:
信仰者に対するシャイターンの脆弱さの説明。彼らはせいぜい囁きかけるくらいのことしか出来ない。
囁きかけによる心の誘惑を信じ、受け入れないこと。それはシャイターンからのものである。
シャイターンの囁きは信仰者を害しないが、そこからのご加護をアッラーに求め、それを助長するようなことは止めるべきである。
宗教に関する物事で問題があったら、ムスリムはそこにおいて沈黙すべきではない。むしろ質問すべきである。
ムスリムの伝承 (1/ 119) (132).
さらに見る (4)
معالم السنن (4/174).
المفهم للقرطبي (1/344).
شرح النووي على مسلم (2/154).
البحر المحيط الثجاج (3/622).